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2006年11月24日 (金)

府中多摩川マラソン

昨日、私ひとりで、第29回府中多摩川マラソンのハーフ・一般の部に参加してきました。

この大会は、第1回から第3回大会までは、早大時代の瀬古利彦さんが3連覇と道路日本最高記録を達成したり、ハーフマラソンの陸連・学連登録者の部は箱根駅伝の前哨戦とされている(大会プログラムより抜粋)とのことで、たいへん競技色の強い大会のようです。なので、とてもベビーカーを押して走れるような雰囲気じゃなさそうです。

コースは多摩川のサイクリングロードで、私のホームグランドで行われています。毎年気になっていた大会なのですが、ネットからのエントリーが、「スポーツエントリー」からのみで、私がいつも利用している「ランネット」からはできないので、いままで出る機会がありませんでした。

今年は運良くエントリー期間中にスポーツエントリーを覗いたので、初エントリーとなりました。

当日は自転車で余裕の会場入り。一般のハーフよりも前にスタートする陸連・学連の部を観戦しました。普段から駒澤の学生さんたちが練習しているのを見かけるので、彼らの速さは見慣れているつもりでしたが、やはり大会ともなると、さらに速く感じられ、目つきも普段と違い、迫力満点でした。

それからトイレを済ませ、スタート10分前にスタート地点の野球場にはいると、すでに選手はほとんど集合していました。その中で出発係のひとが、「最終コールを受けていない人は、前のほうに来てください」と連呼しています。「最終コールって何だっけ?そういえば大会要領には最終コールはスタート時刻の20分前にスタート地点で行うって書いてあったけど」と、よく理解していませんでした。私と同様にその意味を理解できず、ナンバーを呼ばれるまで出発係の連呼を無視し続けた人もいました。

あとで調べたら、最終コールとは、競技開始前の点呼のことで、これを受けないと失格になるらしいです。

そういえば、今年の青梅マラソンで出発係のひとが、「今年はコールはしません」と言っていたのを思い出しました。私はこのときもコールの意味を理解していませんでしたが、「今年は」ってことは去年まではやっていたはずだから、去年は受けたんだろうなと思われますが、まったく記憶に残っていません。

さて、レース開始。スタート地点は広々とした野球場なのですが、野球場から駐車場、サイクリングロードと進むに従ってコースが狭くなり、軽く渋滞する中、舗装道路を外れて芝の上を走りながらどんどん追い越して行きました。

今日は、一昨年の丹沢湖マラソンで記録した、1時間50分01秒の自己記録の更新を狙っていました。目標は1時間45分です。

とにかく途中でつぶれてもいいから、行けるところまで突っ込もうと思っていました。

最初の5㎞は22分47秒。5㎞のレースか?って位のペースで入ってしまいました。このままじゃ持たないなと思っているときに、散歩中の会社の上司と遭遇。「いいとこにつけてるよ、がんばれ!」と声を掛けていただきました。この方はとても陸上に詳しい方なので、とても励まされました。

多少ペースを落としたものの、5~10、10~15㎞は、23分台と、それでも自分としては爆走ペースです。

その間、関戸橋付近では、わかばとママの応援を受けて力をもらいました。

17㎞付近でガス欠と脇腹痛に襲われ、スローダウン。しかしあと4㎞だからと、半ばヤケクソで走りきりました。自分としてはすっかり足が止まったと思っていたのですが、タイム的にはそれほどの落ち込みはなく、グロスで1時間39分0秒、ネットで1時間38分49秒と自己記録を11分も短縮できました。

最後は苦しかったけど、いい記録が出てとても満足のゆくレースでした。

ここまで記録を短縮できたのは、トレイルランニングを多めにこなしたからだと思います。

今年4月に長野マラソンでサブ4を達成し、ロードではひとつの目標にたどりついたのですが、富士登山競走では山頂コース3連敗を喫し、練習方法を見直した結果です。来年こそは富士山の頂上を極めたいと思っています。

しかし、ひとつ課題も出来てしまいました。

6月か7月に富士の練習をしているときに、左膝の外側(おそらく靭帯)を痛めてしまいました。

距離にして20㎞、時間にして2時間ほど走ると痛み出します。

今はアシックスのセルゴノミクスKJ2というサポーターを装着してしのいでますが、来年の青梅、東京、長野、富士登山と長い距離を走れるかどうか、大変不安なので、整形外科を受診するか、スポーツ鍼灸に行くか、現在思案中です。

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